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吉田(村上) 明宣 さん (有高11回)
農業科に入学、今は亡き常深先生が2、3年と担任でした。身体も大きくがっしりした体格で、柔道部から勧誘されるままに入部され、メキメキと実力を付けて、1年生からレギュラーとして大会に出場されました。柔道にすっかりはまりこんで3年間汗まみれになって練習に打ち込んだこと、淡河から約20キロの道のりを自転車で通学したこと、冬の農業当番では朝が早かったので辛かったことなど、懐かしく話していただきました。

卒業後は1年間の学校での教養訓練を受け、初めての勤務は生田警察署、その後機動隊では通算20年余り勤務され、さらに各警察署で勤務された後、定年退職されました。長い警察人生のなかで数多くの事件・事故等に遭遇され、「有事に際しては兵庫県の南・北端の海辺からある時は東西の府県境まで東奔西走した時期がありましたね」と振り返り話されました。

29歳の時に結婚、一男一女のお子さんに恵まれました。どちらも既に結婚され、長男には2人の女のお孫さん、長女には1人の男のお孫さんがいて、時々会いに来てくれるのが楽しみだとか。

 退職後は毎日新聞社に5年間、その後交番相談員として2年近く勤められましたが、今は全くの自由になり奥さんと夫婦水入らずの生活。月に1回ほど昔の同僚と旅行を楽しまれています。やはりこれまでの人生で一番辛かったのは、阪神淡路大震災で家が全壊した時だそうです。

(文責:谷郷賢明)