猪名川町移住後は、地元自治会副会長としてご活躍

猪名川町の静かな住宅街にあるご自宅で、お話を伺いました。
清水さんがお住まいの猪名川パークタウンは、大阪より直線距離で25キロ圏内という利便性の良い場所にありながら、公園も多く豊かな自然に囲まれ、学校も多くて子育てなどの環境も良く、図書館や公民館などの施設も充実し、買い物もイオンモール猪名川店があり、実に住みやすく良いまちにお住まいだと、行くたびに感じさせていただきます。

元々は三田にお住まいでしたので、毎日の通学は相野駅から三田駅まで蒸気機関車SLで行き、学校まで行かれました。普通科では、辻前先生に担任でお世話になったそうです。部活動は、ハンドボール部でご活躍されました。校舎は、1年生のときは南校舎でしたが、2年生になるときに新しくできた北校舎に引っ越しすることになり、生徒全員で机や椅子などを運んだのが良い思い出ということです。また印象的な先生は、数学の矢野先生、英語の中林先生のお名前をあげていただきました。修学旅行は南九州に行かれました。まず船で別府まで行き、熊本阿蘇山~宮崎日南海岸~鹿児島指宿~西郷隆盛の銅像など実に内容の濃い修学旅行だったそうです。「移動のバスで、歌手の舟木一夫さんの当時流行った『高校三年生』や『修学旅行』をみんなで大合唱したのが楽しい思い出ですね」と目を細めて、懐かしそうにお話しくださいました。

卒業後は、大阪福島の凸版印刷株式会社に15年間勤務、その後豊中市の印刷会社に60才まで勤務されたあとは、松原市の町工場の工場長として63才までお勤めになりました。ご結婚は22才の時で、奥さまとも有高で知り合いお付き合いをされ、その後めでたくご結婚されたという、大変ほほえましいエピソードもいただきました。

猪名川町には昭和60年からお住まいで、地域の重要な役職も経験され、実に12年の長きに渡り自治会の副会長を歴任されました。一番重要なイベント担当の副会長として、春のさくらまつりや、夏の総合公園でのサマーフェスティバルなど1000戸を超える地域住民の取りまとめとして、会議を数多く重ね入念に各所に連絡調整をして、無事にイベントが成功するように地域の為に大いに貢献されました。想像するに毎年やってくる大きな行事を、住民の皆さんが楽しんでいただけるよう細心の注意をしながら調整をして、企画内容を実行するという大変な御苦労があったと思います。

現在はシルバー人材センターの副理事長として、多方面でご活躍です。熱中していることをお聞きすると、「家庭菜園ですね。1キロメートルほど離れた猪名川町役場のあたりに30坪ほどの畑を借りて、大根、白菜、人参、ほうれん草、ブロッコリー、キャベツ、レタス、さつまいも、里芋など野菜の栽培をしています。畑には毎日行っています」「家に居るより何か身体を動かすように心がけています」と教えていただきました。体型も維持されており、これが清水さんの健康の秘訣ではないかと感じさせていただきました。今回は、有高の卒業アルバムや清陵会猪名川支部の名簿など、関係書類も多数ご用意いただき、終始和やかな雰囲気での取材でしたが、高校時代のお話は懐かしそうに、自治会の事は熱い口調で語っていただきました。現在は息子さんご夫婦と小学2年生になるお孫さんに囲まれ、さらに地域住民との繋がりも大切にされており、意欲的に充実した毎日を過ごされている清水さんには、こちらも大変参考にさせていただく事も多く、今後もまたお話を伺いたいと感じ、ご自宅をあとにいたしました。

                                   (執筆 谷口 真弥)