福本 昭夫さん(有高13回)
私は、平成16年春の叙勲において、消防功労により瑞宝単光章を受章いたしました。
6月25日午後4時より、三田市役所前中華料理店「宝来」に於いて、清陵会主催により梶谷前校長の送別会・山内新校長並びに福井事務長の歓迎会と共に、叙勲者2名の祝賀会を開催して頂きました。
飯田会長からは挨拶の中で、わが母校の卒業生が天皇陛下から勲章をうけたことは、母校の名誉でもあり、清陵会としても誇りに思う、といった身に余るお言葉を頂戴し、恐縮しました。
これも在学中お世話になった恩師の方々のおかげと喜んでいる次第であります。
中でも、今は亡くなられました担任の大西先生がご健在でいてくだされば、大いに喜んで頂けたのではないかと思っております。なにせ悪童でありまして、先生にはよく頭を「こつん」とやられました。
今思いますに、出来の悪い生徒をよく辛抱して卒業させて頂けたものと、感謝の念が絶えません。
また、藤江先生に頂いた言葉も深く心に刻まれております。先生は卒業前、クラス生徒を前にしてこう仰いました。「お前らこの母校の精神を知っとるか?」「教えておいてやろう」
有高精神とは「なにくそ」という精神である。即ち、なにくそ精神である。なにくそ精神とは、社会に出れば山有り、谷有り、挫折有り、焦燥感有り。また、人を騙してはいけない、騙されてもいけない、3年間行ってきた早出遅帰りの「農当」で養ってきた粘りとクラス生の友情・信頼を大切にして、厳しい社会を生き抜いていくようにといった内容でした。
「農当」といえば忘れられないのが、梶田先生であります。
何をして怒られたのかは忘れてしまいましたが、何かだらだらしていて先生の言うことを聞かず悪友達とふざけていた時、一度だけでしたが思い切りどやされました。
そして40数年後、本年4月14日に、清陵会川西支部設立総会を三田市相野のしい茸ランド「かさや」さんで開催したのですが、清陵会本部を代表して大西副会長と共にご出席下さったのが、梶田先生(梶田副会長)でした。私は始め、何処の偉いさんかなと思ってお話を伺っていたのですが、懇親会の時、名前を呼ばれて初めて梶田先生であることに気がつきました。途端にどやされた記憶が思い出され、思わず頭を下げて「あの時はありがとうございました。お陰で性根が入り、無事つとめを全うすることが出来た上、叙勲まで戴きました」と申し上げましたら、わが事のように喜んで下さって、感激した次第であります。
40年余りの消防生活を全うし今日、こうして元気で第二の仕事にまた、地域活動等をしながら第二の人生を送っていられるのも、在学中お世話になった各先生方のお陰と、深く感謝しているところであります。有難うございました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
次に、清陵会川西支部の話を少しさせて頂きます。
現在川西支部は、60数名の会員を擁し、支部長1名、副支部長2名、会計1名、理事10名、監事2名、事務局1名、計17名の役員で運営しております。支部長には、農林41回卒の山本さん、副支部長には、有高7回卒の佐々木さんと有高13回卒の私が当たっておりますが、支部長の山本さんが今体調を崩しておられるため、実質的に運営に当たっておられるのは事務局長さんの山口さん(有高5回卒)です。
清陵会本部の要請により、3、4年前から、山本さんと山口さんとで支部結成に向けて精力的に呼びかけをされ、昨年何回か会合を持ち規約も作り、加茂農業会館に於いて会員多数出席の下、実質的総会を開催しました。その席上で、役員と規約の承認を可決し、改めて本部役員さんの出席を求めて、創立総会を開催することとなり、上記「かさや」さんで行いました。本部からは、大西・梶田両名の副会長に出席して頂き、支部運営の留意点や学校創立110周年記念事業に対する協力要請がなされ、支部としても了承されました。
終わりに、我が母校のさらなる進歩・発展を願い、素晴らしく活動されている清陵会組織の一員であることに誇りと責任を持ち、支部活動を通じて貢献したく思っております。
歓送迎会では色々お世話になり本当に有難うございました。
(福本 昭夫)
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