世界旅行に出かけます
もうすぐ世界旅行に出かけられるというお話を聞き、出発前にお会いして話を聞きたいと、副会長大沢さんの紹介でご一緒に清陵会館に来ていただきました。

高校時代の思い出
1番の思い出は、1年生の時にあった体育館のロックアウトでした。体育館に集まって生徒会中心の話し合いの場が作られて、授業が2日間なくなり、それまで男子の髪が坊主頭だったのが髪を伸ばしても良い事となり自由な校風が作られた。
また従来型の入試がなくなり、兵庫方式という入学者選抜における一種の無試験制度で簡単なテストと内申書のみの入試となった。3年生の時は世間では学生運動激しく、その影響が高校にも表れていたにもかかわらず授業では脱線話が多く楽しかった。
1年生の途中から波多野先生、2・3年は横田先生が担任だった。横田先生には先月の11月に同窓会でお会いした。当時のあだ名は「ほにょ ほにょ」で聞きづらい感じでしたが、今回の同窓会の時はとても明瞭な挨拶で、80歳になられてなにがあったのかとビックリでした。前向きに生きるというメッセージがうれしく、なにかが吹っ切れたのかと話しました。
6組は頭のいい人が多くエネルギーに溢れていて、遊びが得意だった。
自分達の企画した臨海学校に、冨依・鈴木・下村・横田先生の4名が引率して下さって、竹野浜で海水浴をして、女子ユースホステル、男子はキャンプして楽しく遊んだ。クラスでスケートやスキーにも行った思い出がある。
修学旅行は船で九州に、宮崎でグループ別々に行動し、宮崎市内の民家を訪ねて話を聞くグループで、阿蘇に行ったグループもあった。
文化祭ではクラスの自主企画でフランクフルトを販売した。
部活は演劇部で団野先生が顧問。数学の能力別で3クラスに分かれて進学クラスでなくとも数Ⅲまで勉強した。楽しい自由な高校時代で勉強はしなかったが、みんな仲良しだった。

卒業後の進路は
武庫川女子短大国文科を卒業し、宝塚市の小浜幼稚園に教諭として就職した。
公立幼稚園での「ごっこ遊び」の研究をしていたが、2人目が生まれてから、子育てを楽しみたいと思い、12年間務め主任で退職し、その後実家の家業を手伝う。
その間シャンソン・ジャズを本格的に学び、ライブハウスで歌う。英語の発音の勉強のためにフィジーに3ヶ月行き、若い人に会い、友達が出来て潤子ママと言われた。

今、頑張っていることは
若かりし頃は青年海外協力隊でアフリカに行くのが夢だったということもあり、今回世界旅行に行かれます。海外旅行には毎年いろんな国に行っていた。「コロナさえなければヨーロッパにいたとおもう」と話されました。
今回は世界一周クルーズ旅行で108日間楽しみたいと考えている。今しかないということで計画した。
3月末には帰国予定です。